2018年1月8日月曜日

NYへ行ってきました2 ★9.11へ★

2日目は朝食をすませダウンタウンへ

National September 11 Memorial Museum 
9.11メモリアル に行ってきました。

No day shall erase you from the memory of time
「時間の流れが決して
あなたへの記憶を消すことはできないだろう」
古代ローマの詩人の言葉。
青のモザイクタイルは、9.11の
あの日の青い空を表現しているそうです。


確か、この日は夫とNHKかNステ-ションかを
見ていて突然、飛行機がビルに突っ込んでいく
映像を繰り返しみた記憶。

当時、娘達は7歳と9歳。
自分の部屋にいたという長女と、
お風呂に入っていたという次女。
私の異常な叫び声に何事かと驚き、
テレビを見て呆然としたそうです。
私たちは各々時間をかけて、
この日何が起こったか自分たちの目
で見ることにしました。


この巨大な石でできたプールは、
崩壊したツインタワーとちょうど同位置に
建設された慰霊碑。
ノースタワーとサウスタワー、
二つの巨大な慰霊碑には
なくなった方のお名前が刻まれていました。






熱でねじ曲がった鉄骨の柱


家族の安否を尋ねるメッセージや
復興に携わってなくなった方への想いが
込められたメッセージが刻まれた「最後の柱」

下の写真右側の階段は見えにくいですけど
「生還の階段(Survivors’ Stairs)」
と言われている、世界貿易センター北端にあった
ヴェシー・ストリート階段。
この階段を通ったために生き残れたという方が
何百人もいるという、まさしく生と死の
境目となった階段だそうです。

上の写真のコンクリートの箱は
なんだろう・・・?と思ったのですが、
どうやらツインタワー跡の
プール(慰霊碑)のようにでした。
 
そして下の写真の左の壁はハドソン川からの
浸水を防ぐためのダムのような壁。
当時の建物を浸水から守るために
地下7階分掘ってつくった杭?のようなもの
あれだけの高さの建物を支えるには
このぐらい深く掘らないといけない・・・
みたいな説明だったように思います。
(アヤフヤデスミマセン)


救助に駆けつけた救急車。
救助に携わって犠牲になった方も多かったようです


この星条旗は実はなくなった方の写真で
できています。まちにあふれる尋ね人の写真が
風化し見捨てられるのが嫌で、二人の女性が
ボランティアで、遺族や勤務先に協力をもらい
パッチワークで形にしたものだそうです。
「大事なはこの方達が生きてたということ
それを残したい」・・・とうものだったと思います。
 
当時つくりながらこれを誰かに見てもらう機会は
あるのかと自問自答しながらだったそうですが
公に認められ日の目を見ることになったようです。


まだまだ工事途中の場所も多く残っていました。

行って見て思ったこと。

この災害は天災でもなく人災でもなく
テロであったということ。
広島平和記念資料館に行って感じたことと
同じ思いを持ちました。
「戦争はいらない」

日本と違ところ。
もしこれが日本ならば、衝撃的な映像や
悲惨な現場の写真などを繰り返し流し続け
事件を辛く思い起こす場面が
多くなりがちだと思うのですが
あくまでもこのメモリアムミュージアムは
亡くなった人の追悼し
全ての人に向き合って功績を称え
勇敢な市の職員の栄誉を称え
「私たちは決してあなたたちを忘れません」
というメッセージを発信しながら
9月11日に起こった事件をわすれない。
自分で答えを見つけるための
ミュージアム。 そう感じました。

行ってから調べて知ったこと。
ワールドトレードセンターは
ミノル・ヤマサキという
日系アメリカ人の設計によるものらしいこと。
新しくできたタワー4は日本人の
槇文彦さんだということ。 

疑問に思ったこと。
ヤマサキ氏の説(Wikipedia)によると
ビルの寿命はせいぜい20年。
機能的であると同時に不要なときに
短期間に壊せることも視野に
建築していると書いてました。
(結果それも大崩落の原因だという説も???)

難しい構造計算の上で
超高層ビルが可能になるのでしょうが
もうすでに耐用年数が過ぎてる建物って
どうなるんでしょうね(^_^;)
建物を作る以上に、建替、改修は
費用も労力も時間もかかりそうです。
NYではまだまだたくさん
高層ビルが建築中でした。
何を求めて空に近づきたがるのか・・・
身の丈に合ったものを作るのが
一番だと思うのですが
田舎者のひがみですね。
すみません。(^^)


WTCを出て地下鉄へ行く途中
ウォールストリートでイサムノグチさんの
作品に出会いました。
牟礼を感じる一瞬でした(地元愛)

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